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いつかと思っている時に

いつか、いつかと思っているうちに
時を逸すること
経験はないか?

すぐに手がでない時
そこには2つのパターンがある
ひとつは
自分の無意識が、心が
それを否定している時
理性では迷っていたり
やりたいと思っていても
自分の心の中では拒否しているのだ
それは、まだ時ではなかったり
自分にとって間違った選択だったり
そんな場合が多い

2つめは
ただ、自分の中の不安が
手を止めている時
失敗した時のこと、周りのこと、落胆
自分が傷つくことへの怖れ
そんなものが自分自身をしばりつける

「いつか」ということばは
そんな2つの理由から発せられることが多い

もし、その選択が違うなら
それは、ただ単にやめればいい
ただし、その結論にいくまえに
自分の心に問いかけてみよう

自分は何かを怖れているのか
何か不安にとらわれているのか
何が自分を躊躇させているのか

問いかけ、考え、探って
そこに心の不安があったのなら
それは努力して排除するしかない
不安をなくすための努力は
時と場合による

もし、その不安を取り除いても
「いつか」と思い
自分の中で、これは違うのではないか
という疑問があるのなら
何が違うのか
では何が良いのか
今度は別の選択肢を探さなければならない

「いつか」と思って置いておいても
そこから何かは生まれず
何も始まらない
「いつか」の影に隠れる理由を
自分から解き明かさなければ

あなたは「いつか」と思い
とどまっていないか?
いま一度自分の道を見つめてみるといい


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心が原因になるもの

体調が悪い時
それも、なんとなく
気がついたら悪い時
原因がはっきりしているような
していないような
もしかしたら、これのせいかも
というくらいに曖昧なとき
自分の心を振り返ってみましょう

納得できないことや
自分の心を無視したこと
怒りを我慢したこと
言いたいことを抑えたこと
とにかく何かを抑えていないか

人によって、その耐性は違うけれど
抑え込んだ心は
あなたを傷つけます
傷つけ、繰り返し傷つけることで
実際に体調が崩れていく
そういうことがある
それを忘れないでください

心は正直です
あなたが理性で抑え込んだものも
あなたが目をつぶったことも
心の中から消えたわけではなく
抑え込まれることで
あなたを傷つけていくのです

どれくらい耐えられるのか
それは人によって違います
人それぞれの環境、性格などで変わります
ちょっとしたことが堪える人も
ためにためて身体を壊す人も様々です

どの人にも共通することは
その原因になかなか気づかないということです
身体の中の悪くなった部分に意識は向くけれど
その原因となったものには気づかず
原因がそのままになってしまう
そして同じことを繰り返すのです

また、気づいたとしても
心のくせ、行動のくせを
変えることは簡単ではない
だから、また繰り返す

でも気づいた人は
それでも少しずつ変えていける
自分の心に向き合うことができる
長い時間がかかっても変われます

だからこそ、
もしあなたが体調を崩したのなら
そこに何か気づかない原因があるのではないか
少し考えてみましょう
もちろん、物理的な原因のほうが多いでしょう
けれど時折まざる心の原因を
見逃すことのないよう
少しだけ気をつけてみてください

目に見えぬもの

目に見えないもの
目に見えるもの
この世界には様々なものがある

おそらく多くの人には理解できないが
確かに存在するものもある
例えば妖精、竜といった生き物
彼らはエネルギー体だ

時に形作られた記録があるが
多くは想像の産物である
それを見た者が
そこに自分の想像や思い込みを足している
もともとそれらはエネルギーであり、
形をもたない
形をもたないが確かにそこにいる

妖怪はまた別のものだ
彼らもまたエネルギーを持つが
その多くは物であったり人であったもの
時を経て人びとの怖れが付け加えられ
今のような形になった
しかし、もともと存在していたことに変わりない
今ではなりを潜めているが
人の目の届かないところで生きている

神や天使はまた別次元の話
人の世ではない
だからこそ、人の世の形をもたない
多くの記録は人が作り出したもの
自分たちの姿に置き換え作り出したものだ
しかし存在する

目に見えぬものを信じていない多くの者にとって
目に見えないものも
目に見えないエネルギーも
なんの意味ももたないのかもしれないが
しかし、それは確かに存在し
今もこの人の世と関わりをもとうとしている
人の世がよりよい道を選び
進むことを願って

今の世を生きる者は2つにわけられる
目に見えぬものを信じる者と信じない者だ
いづれその道は分かれる
望もうと望まずとも
大きな分かれ道にさしかかっているのだから

どちらを選ぼうと
どちらが正しいとか正しくないとか
そういうものではない
ただ、そういう選択をしたというだけだ

見えぬものは見えぬなりの
信じるものは信じるなりの時を過ごすだろう
しかし、それはまだ先の話
今することは
目にみえぬものを感じ
信じる心を取り戻すことだ
私はそれを願っている

人の世は形のみで作られているのではない
それを忘れることなく過ごして欲しい

悩みの終わり

今悩んでいることは
いつまで続くのだろうか
いや、永遠に続くものなど何もない
昨日の悩みが
今日と同じというわけでもない
同じ悩みでも
時がたてば形をかえていく
同様に、時がたてばあなたの考えも変わる
今日の日が永遠ではないように
あなたの悩み
あなたの思考
あなたの不安も永遠ではない
いつか終わりが来る
その時、どんな変化を起こすのか
それは今のあなたの動き次第
悩みながら
ただ漫然と時を過ごしたのか
悩みながら
何かを変えようと動き、もがき続けたのか
それによって変化が変わる
誰と出会い、何を話したのか
どう考え、どうあがいたのか
思考の手順を変え、違うところからアプローチしたのか
何をしたのかで、その後は変わる
もし今悩んでいて
この時が永遠のように感じるのなら
それは違う
いづれくる変化の時のために
今、何をしたらいいのか
今、何ができるのか
それだけを考え
行動してみるといい
他に何をみても不安になるのなら
みる必要はない
あなたは、あなたのすべきことのみをせよ
今はただそれだけでいい

スピリチュアルというもの

スピリチュアルというもの
全くうけつけない者もいれば
受け入れ、日々の生活に利用する者もあり
時には、そこに入れ込みすぎる者もいる
はたしてスピリチュアルとは何か
それはいうなれば考えかたのひとつに過ぎない
霊はいるのか、いないのか
見えないエネルギーは存在するのか
スピリチュアルは目に見えないものを多く扱うため
そこで論争になりやすい
しかし、そんな論争が必要なのか
見えなくともそこにあり
それを知る者、信じる者がいる
ただそれだけだ
見えぬもの、科学的に証明されないものは否定する
そういう考えならばそれも良い
その世界を選んだのだから
私のことばを聞く者は
おそらく目に見えぬものを感じようとする者たちだろうから
敢えて言うが
確かに存在し、その力を利用し
生活の一部としていたとしても
それは万人に理解されるものではない
そして、それを生活の全てとして
支配されるものでもない
それはひとつの考え方
そしてひとつの現象、力の一部
多くはまだ見えていないもの
大きな大きな世界のほんの一角
だからこそ、それにふりまわされてはいけない
そして、そこに集中するあまり
他の生き方を選んだ者たちと
袂を分ってはいけない
物質世界に生まれた以上
そこであなたは成すことは何か
それを感じることだ
そして、全てを鵜呑みにしてはいけない
正しいものと正しくないものを見極めなさい
自分の生活を確立なさい
スピリチュアルなものは、そのうえで取り入れるべきものだ
この世界に生きるのならば

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

ヒーリング

ヒーリングとひと口に言っても
その範囲は広い
多くの人がうけとるヒーリングの意味は
エネルギーの交換であったり
それによって癒されること

しかし、ヒーリングとはただそれだけではない

ヒーリングは、多くの人々がすでに持っている力、技
それは特別な何かではない
誰もが持っている

癒すということは特別なことではない
誰もがおこなっていること

なぜなら日常の中で
人々は互いに互いを想い
心配し、声をかけ、愛をそそぐ
それこそがヒーリングの源

「癒すこと」
例えば痛む部分に手をあてる
泣いている人の背中を優しくなでる
辛い気持ちで打ちひしがれている人の横にそっといる
それはずべて「癒す」ための行為
ほら、毎日の中で自然としているだろう?

ヒーリングというと何か特別なことに思われがちだが
すべては人びとの生活の中にある

ただ、自分で自分を癒し、整えることができないとき
自らの手をあてるだけではダメな時
そんな時は、多くの人が考える「ヒーリング」という技をうけてみるのもよい
自分だけではどうしようもできなかったものが
クリアーになっていくかもしれない

ヒーリングは決して特別なものではないが
その渡す力、エネルギーや
うけとる力には差がるのだから

しかし、依存するものでもない
それは確かだ

日々の生活の中で
自分で出来ること、人の協力を得るもの
そういう違いがあるように
癒すということについても
自分でできること、人に頼むことがある
ただそれだけだ
自分の生活を築き、中心はそこに置いた上で
うまく利用するといい


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悪意の行方

人の意志は形を持つ
それは目に見えないけれど、確かに存在し
エネルギーのように
目に見えない流れとなる

人が人に愛を向けるとき
暖かい気持ち、力が流れる
それは拡散することもあれば
向けられた人のもとに届くこともある

同様に、人が人に悪意を向けたら
そこにはやはり力が現れる
それも刺付いた人を傷つける力だ

その力は拡散されることもあれば
人のもとに届くこともある
暖かい力と同じように
違うことは
暖かい力が人を包み
優しくいたわるのとは反対に
悪意はその力で人を傷つける
目に見えないところで
その人を蝕んでいく
だからこそ恐ろしい

人は気づかぬうちに
人の悪意に傷つけられ弱っていく
自己治癒力があるならば
からだの傷と同じように治すこともできよう

しかし、治すことができないほど
多くの傷や深い傷をうけることもある
だからこそ恐ろしい

おそらく悪意を発した者は
傷つけていることなど気づきもしないのだ
(知りながら悪意をむける者も存在するが…)

だが我々は知っている
人に向けられた悪意は
多くの場所、人をまわり
いつかまた戻ってくる

悪意には悪意が
愛には愛が戻ってくる
人の世はそのようにできている
自分が出したエネルギーは
いづれ自分に戻ってくるのだ

だからこそ
気づいていようと気づいていまいと
自分の悪意で人を傷つけることはあってはならない
いつも穏やかにいろと言っているのではない
自分の悪意が人を傷つける可能性を知り
自分の中の不必要な負の感情を
人に向けることなく昇華できるよう
日々己を見つめることだ

世は人と人との関わりでできており
人々は互いにエネルギーを交換している
そこに持ちこまれる負のエネルギーは
建設的な働きなどしないい
それを承知した上で
自らの感情を見つめるとよいだろう


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誕生日という節目

毎年やってくる誕生日というのは
それぞれの節目の時である
新年とはまた違う、新しい1年が始まる
あなたにとっての新しい年の始まり

星の動きで言えば
この新しい始まりはさほど重要ではない
なぜなら常に星は動いているから
毎年毎日いついかなる時も動き
あなたに影響を与えている
そういう見方をすれば重要ではない

しかし切り替わりとして
人にとっては節目の大切な時である
新しい1年を見渡し
どのような年にするのか
これからどうするのか
そういった流れを考えるには
とても適した瞬間だろう

日々流れてしまいがちな事柄を
その日は特別に目をとめて考えられる
そういう節目が人にはとても重要だ

新年の節目
季節が移り変わる節目
陰と陽とが切り替わる節目
人が生まれてきた日の節目

節目節目を意識することによって
自分の生き方
人との関わり
自然との関わり
そういったものを見直してきた
見直すように作り上げてきた

それは自分を調節するということ
まちがった方向
まちがった選択
少し曲がってしまった道
そういったものに気づき修正を加える
それが節目の役割でもある

あなたも誕生日がきたら
考えてみてはどうだろう
自分の道は正しいか
曲がっていないか
次の一年をどう歩くか
それこそが生まれた日を迎えるために
最も必要なことだ


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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

プロフィール

心とからだを癒すスピリチュアルセラピスト ひかり

Author:心とからだを癒すスピリチュアルセラピスト ひかり
心とからだを癒すスピリチュアルセラピスト。新宿区の個人サロン「ヒーリング&アロマ ヒカリ∞☆」です。チャネリング・天と地とアロマのヒーリングをしています。
メールでの個別チャネリングもうけたまります。

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